何か美味しいものが食べたい。
この願望の解決の絶対条件は?
極めてシンプルです。
まず、何か食べること。

口に何かを入れる「行動」が先。
「美味しい」か「まずい」かの感情は、後から。
絶対に「行動(体)」が先で、「感情(脳)」が後だということ。
この原理原則は、ビジネスも人生も同じです。
「モチベーションが湧かないから動けない。」
「やりたいこと、やるべき動機が見つかったら、挑戦しよう。」
そう考えて立ち止まっている多くの人に、ハッキリ言います。
それは行動しない自分を正当化するための言い訳です。
世の中には「やる気が出る方法」や「モチベーション管理術」云々の本、論、動画が溢れています。
これらは全て、行動しない、できない人に「あなたは悪くない、モチベーションが湧かないだけだよ」と優しく囁いて、安心させているだけです。
しかし現実社会で生き抜くのに必要な術(すべ)は、全く逆です。
「やる気が出ない」と悩む前に、まず手を動かす。
すると、小さな結果や課題が見えてくる。
そこで初めて「もっとやりたい(やらなきゃ)」「次はこうしたい(こうしなきゃ)」という感情(=モチベーション)が芽生えるのです。

とはいえ、私たちが触れる本やドラマや映画、つまり創られた物語の主人公にはいつも立派な動機がありますからね。
知らずに「ちゃんと動き出すには、それなりの動機があるもんだ」という幻想(ファンタジー)に見事に騙されてしまうんですよね。
が、ビジネスだって、人生だって、現実はもっと不純で、泥臭いものです。
私自身、振り返れば、何かを新しいを始める時に、立派な動機や燃えるような志(こころざし)が最初からあったことなど一度もありませんでした。
「なんとなく面白そう。」「断れない状況になった。」「たまたま目の前の課題に気づかされた。」
そんな、取るに足らないきっかけばかり。
今の会社を立ち上げたのだって、大したことのないきっかけ、そのめぐりあわせと組み合わせの副産物。
そんな「巻き込まれ事故」のようなスタートでも、逃げずに手を動かし続ける。
そのうちに、いつの間にか、そして偶然、その中のいくつかの選択が、「人生をかけた挑戦」に塗り替えられていく。
その挑戦が、自分の使命感に変わっていく。
モチベーション=動機とは、いつだってそんな「後付け」のストーリー。
モチベーションは「生み出す」ものではなく、動き続けた結果として「見つかる」ものなのです。
「動機が見つかったら」「準備が整ったら」と言葉を並べている人は、空の井戸の前で永遠に釣瓶(つるべ)もって立ち尽くしているままの人です。

ちなみに吹けば飛ぶような小さな我が社においては、メンバーの「やる気」という不確かなものを待つ時間は1秒もありません。
そんなものを待っている間に、市場は変わり、ライバルは一歩先へ進み、顧客と仕事=機会(チャンス)は消えていきます。
まずは、動く。
目の前のタスクにとりかかる。
汗をかき、理不尽な目に遭い、それでも意地になって食らいつく。
その泥臭いプロセスの先にしか、我々が求めている本当の「モチベーション」は存在しません。
もう、動機を探すな。
今すぐ、体を動かせ。
「脳」は、動いていない「体」にやる気というエネルギーを供給するほど、お人好しではありません。
不安でも、自分の足で一歩を踏み出した時、脳は初めて「こいつは本気だ」と判断し、必要なやる気=アドレナリンを分泌し始める。
モチベーションはいつだって、必死に動く体の「背中」を追いかけてくるものなのです。

株式会社アズワン_小林大祐