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迷惑、かけたら?

迷惑、かけたら?

他人様(ひとさま)に迷惑かけない方がいいっていうのは、当たり前の大前提。

けど、なんか異常にこの「他人に迷惑かけたらどうしよう」と、ここ結構強めに思ってる人っていますよね。

 

そもそも、人間生きてたら他人に迷惑かけると思うんですね、絶対。

生きてる以上、大なり小なり、自分以外の誰かに迷惑かけると。

 

でもどうです?大なり小なり、自分以外の誰かの役に立ったり、助けたりもしてませんか?

誰かに迷惑かける、を、それにビビるとか苛(さいな)まれるんじゃなくて、その分誰かの役に立てればいいんじゃない?

迷惑をかけた人の一助になればいいし、ぶっちゃけその人である必要だってない、誰のためでもいいんですよ。

迷惑という負債を抑える方にリソースを割くんじゃなくて、どうやったら役に立てる“あがり”を生み出せるかっていう、調節。

 

必要以上に、他人に迷惑かけたくない、って言ってる人、それを強いる人って、結局他人を助けてない、他人の役に立つつもりがないのかも、って思っちゃう。

必要以上の割り勘主義者が、誰にも奢られない代わりに奢りもしません、みたいな。

他人のために何かをする、できる自信がないから、他人に迷惑かけたくない、っていう。

 

もっと言えば、私の経験上も、社会に流布する逸話レベルの話でも、他人に迷惑かける=「やらかす」とかっていう、このマイナスと、同じ人がだれか他人の役に立つ、力を尽くすとかいうプラスの側面と、このプラマイの振り幅でかい人って、やっぱり人を束ねているひとだったり、何かを為すひとだったり、要するに魅力的なひとが多いと思います。

所謂(いわゆる)カリスマ経営者とか?もうそこのパターン。

なんやかんや、普通の人がやらないことをなんかやらかして、いろいろなシーンで迷惑まき散らしてると思うんです、彼ら。

けど、その分、なんか多くの人を助けてたりだとか、いろいろな役割で社会の役に立とうとしたりする、みたいな。

 

他人に迷惑かけるな、っていうことに関して行き過ぎちゃうのって、このプラスとマイナスの振り幅を小さくする、ちょっとつまらないマインドだなぁ、って思ってます。

他人を助けましょう、役に立ちましょう、っていうのを放棄してる匂いもあるし。

 

かつて長く務めた会社を辞めようと決意した時に、やっぱり今まで教えてくれた先輩とか、金かけて研修とかて教育してくれた会社とか、または自分の役割や業務を引き継いでくれた仲間、迷惑をかけたお客様とかに、やっぱり確かに迷惑かけるよなー、っていう感情は間違いなくありました。

が、この迷惑、という負債で、やっぱりやめれない、とか、迷惑かけたらいけない我慢、とは全然なりませんでした。

それは、本能的に自分がまき散らした迷惑と同じくらい、会社や先輩、同僚、お客様の役にも立ったはずという、確固たる自負があったからです。

そして、起業してから今なお、私がこれまで迷惑をおかけしたすべての人はもちろん、その人当人ではなくても同じような立場にいる人達にもおよび、誰かの何かのお役に立てればと思い、縁と機会に向かい合っています。

 

そう、少なくとも私にとって「他人に迷惑かけたらどうしよう」って思いすぎることは、ちっよも美徳ではありません。

そうやって遠慮している、しすぎている人も、正直寒い。苦笑い 。

誰かに迷惑をかけてなお、それでも誰かと関わり、誰かや誰かとの営み=社会に対して自身の力で何かを還元する、しようとするほうが、よっぽど自然。

今すぐじゃなくとも、長い目で見て、誰かの何かに役に立つつもりがある人は、迷惑をかけられない、なんてよう言わんよなぁ。

 

株式会社アズワン_小林大祐