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貧する環境、潤う環境

貧する環境、潤う環境

人は、考えた通りに「為(な)る」「動く」のではないといいます。

実は、そもそも環境に合わせて考え方が変わる生き物だ、と。

 

とある環境に身を置くことで、「ここそが自分にふさわしい」というシグナルが、無意識に脳に送られる。

当然この法則は、「自分はここ(ま)で十分」という基準が脳に刻まれるケースも含みます。

 

我慢、妥協、安易さ、、、結論としての不遇や貧しさ。

それを、これが自分の環境だ、としてしまうこと。

厄介なのは、一度脳が不遇や貧しさに染まると、自力で抜け出すのが極めて難しくなる、という点。

基準が下がった脳は、価値より価格(額)を優先し、基準を超える選択肢を無意識のうちに除外する。

例えそこに、今を好転に導く出会いや環境、機会(チャンス)があろうとも。

 

同時に、不遇や貧しさを、自分の環境だとしてしまうその癖は、「安く使われる自分」を作ってしまう。

「自分はここ(ま)で十分」と、自分の価値も測ら(れ)ない、からわからない。

そうやって自分の測らない、わからない、上がらない価値を、一生安く売り続けることになります。

 

過去の不遇は、未来の不遇を、今の貧しさは、次の貧しさを、当たり前のように育てていく。

そう「貧すれば鈍する、鈍すれば窮す」という言葉のまま。 

逆に、例えば、派手に金を使っているように見える人。

それは、贅沢でも見栄のためでもなければ、環境を利用して自動的に自分を上に引き上げるという、極めて合理的な生存戦略であるかもしれない、とは考えられない。

彼は、自らを潤う環境に身を置き、様々な貧することから距離をとる。

食べたもので体が作られ、浴びた空気で心が育ち、使った言葉で思考が磨かれる。

つまりは、人は環境=身を置く場所で人生の行き先が決まっていく。

 

これまでの、今の自分の基準で生きるのか。

ここから先の、自分が望み、目指す基準で生きるのか。

潤うも、貧するも、この基準=環境次第

そしてこの環境を選ぶのは、君自身。

もちろん選べることが前提だけど、選べる君は、選ぶ環境の違いが、見える世界も、たどり着く未来も、全て丸ごと変えていく。

「船は港にいるときが一番安全だが、それは船が作られた目的ではない」。

 

それがわからなければ、今日も、明日も、君の毎日は変わらない。

すなわちそれは、今回の、そしてここからの挑戦に、何の意味もないことと一緒。

 

今、繰り返し私が君に問うているのは、このことなのです。

 

株式会社アズワン_小林大祐